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2014年6月12日の2件の投稿

2014年6月12日 (木)

2014年6月12日付け小説朝日新聞朝刊社説『電力改革― 原発はそのままなのか』を読んでの感想/義務がなくなることの問題を感じないのか?

 2014年6月12日付け小説朝日新聞朝刊社説『電力改革― 原発はそのままなのか』を読んでの感想。

以下感想。
 2016年に電力小売り完全自由化の改正電気事業法が昨日成立した。
 それに絡めて、電力と言えば、取りあえず原発って発想かの如き朝日ロジック。

 発電方法云々の前に、改正電気事業法で懸念すべきことは自由化そのものにある。
 一般家庭は発電業者を選ぶ権利を与えられたが、同時に発電業者は供給義務が外されたのだ。
 義務なし=電気なしもあり得るのだ。
 業者が倒産、発電不足でダウンは容易に想像できる。。
 価格変動の増大。価格変動については、東電など大手はこれまで内部保留の金で売価を調整してきたが、規模の小さい業者ではそれも無くなるか大幅に減るだろう。毎月ダイナミックに変わるかも。
 更に、離党や過疎地域ではコスト増しとなるので、その価格転嫁がどうなるか?その点の課題もある。供給義務は残すようであるが.....。

 

>本来なら新規参入側にメリットを与えて既存勢力との競争を促すのが自由化政策の常道だ。

 それは違う。
 真の自由化とは、既存、新規双方にメリット=助成=生活保護を与えないことだ。
 高値で買い取るなど論外だし、事故があればその発電業者、その株主の身ぐるみはがして責任を取らせる。
 徹底さがなければ、企業努力も生まれない。
 高値で20年据え置きなんて、20年過ぎたらサヨナラ〜となるだろう。
 

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2014年6月12日付け小説朝日新聞朝刊社説『党首討論― 論争なき抜け殻の府』を読んでの感想/与党内議論を認めない異常朝日ロジック

 2014年6月12日付け小説朝日新聞朝刊社説『党首討論― 論争なき抜け殻の府』を読んでの感想。

以下感想。
>こんなことなら、もういらない。きのうの党首討論は、有権者にそう見切られても仕方がない惨憺(さんたん)たるものだった。

 日本国民ではなく有識者と記している。
 有識者ってだれだ。また、朝日新聞に都合のよい話をする有識者か?


>集団的自衛権をどう考えるか、海江田氏は民主党内をまとめられていない。

 少なくとも党首討論の前に、党内の意思を決定しておくべき事柄。
 いや、遅くとも与党内協議が始まる前に段階で行うべきであろう。
 与党時代の反省が未だに出来ていない。
 しかし、社説の後半では与党に対して、与党内議論を認めないような主張を述べている。


>圧倒的な勢力を持つ与党が、議場の外で仮想の与野党論争を繰り広げ、その結論が国の方針として決められていく。これでは国会は、論争が失われた、ただの抜け殻の府だ。

 民主党政権のように、与党内どころか党内集約もなしに国会で議論。
 決められない政治が3年も続いた。
 その場だけの閣僚の私的意見、幹部の私的意見。
 そんな状態を忘れたあるいは忘れたい朝日新聞社説一味。
 朝日新聞は、決められない状態が続けばネタとなり金になるが、一般日本国民には明らかに不利益。
 ご都合主義朝日新聞。異常ロジック。
 決まらないテーマが1つ。それが他のテーマの議論の時間を圧迫。
 それが繰り返され、重要なテーマの議論の時間がなくなる。
 そんな状態は、抜け殻にもならない。
 時間は有限だ。無限ではないのだ。

 
>このままでは政党政治の意味にさえ、疑問符がついてしまう。

 少数議席の党の意見が横行する。それこそ異常だ。
 それを民意と言うのか?
 何とも異常な朝日ロジック。
 仮に極右少数政党が、核ミサイル年産1万発の提案を出たら賛同するのか?
 仮に極左少数政党が、中国の属国の提案を出したら賛同するのか?(朝日新聞は賛同しそうだが)。
 少数派の意見を採用するのは独裁だぞ。

 

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