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2014年12月14日の1件の投稿

2014年12月14日 (日)

2014年12月14日付け小説朝日新聞朝刊社説『( 衆院選) きょう投票― 「私たち」になるために』を読んでの感想

2014年12月14日付け小説朝日新聞朝刊社説『( 衆院選) きょう投票― 「私たち」になるために』を読んでの感想。

以下感想。
>「国民に信を問う」。そう突然言われ、何を問われているのかよくわからないまま迎えたきょうは投票日である。

 おいおい、連日社説で散々、現在の課題を取り上げていたではないか?
 もう忘れたのか?あれは課題ではなかったのか?
 よくわからないまま書いていたのか?
 

>この道しかない?

 震災直後、「しっかりやります」って言葉を聞いたが、しっかりやったと思っている人は何人いるのだろうか?


>「私たち」の問題だった。

 Yes We Can!で一世風靡のオバマ氏。
 今は、その後にbutがついて、有権者の笑いを誘う状態。

 「私たち」の問題でも、その多くは、様々な意見がある。完全なる総意はない。あるのは、妥協の合意だ。
 デフレ脱却は、各党の意見が一致していたが、最近のインフレを否定する発言が少なくない。ご都合主義そのものだ。

 
>誰かに負担を押しつけて知らん顔をする、それでいいのだろうか、

 普天間基地問題、移設の話が出てからもう20年以上ではないのか?
 危険とされる場所に20年以上。
 多くの国民が声を出さないまでも疑問を感じるだろう。その視点から見れば、知らん顔したくなる気持ちも理解できよう。


>ネット上で拡散された。

 政党自身にも問題がある。
 ある政党が特定の政党に対して、ネオナチ扱い。
 日経新聞2014/12/9付け『###、##に抗議 機関紙サイトで「ネオナチ」と表現』
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS09H2L_Z01C14A2PP8000/


>誰かに負担を押しつけることはできても、分かち合うことはできない。 
 
 押し付けではない。現実は、望んだ結果だ。そこには予想しなかったものも含まれる。
 分かち合う?平均年収1300万円の朝日新聞が?本当にその気があるのか?


>「決める」ことこそが政治だという政治観が広がった。

 決められない政治=国民にマイナス。
 決められないなら、国会議員は不要だ。


>一票を投じる。政治が本来持っているはずの豊かさと潤いを取り戻すための一歩として。

 あるのは批判だけ。
 自称対案も対案として成り立っていない。単語を並べただけだ。アベノミクスに代わる具現化策なしは、政策ではない。
 批判の為に、集団的自衛権など党内議論を進めていない政党もある。これでは、二分するような問題が生じた場合、真っ当に対応できるのか?疑心暗鬼が増えるだけ。
 当然、政党が政党に対してネオナチのようなレッテル貼りもよろしくない。

 1票を投じることで、票を得た側に間違った印象を与えてしまう。
 これでは、豊かさと潤いなどいつまでも得られない。

●私的制裁対象企業
 朝日デジタルトップの広告企業を制裁対処とする。
 企業名は書かない。その企業の宣伝になるから。
 但し、被災地支援、その他エボラなど人道関連分野は除く。

 32年間の慰安婦誤報(捏造)に対する個人的制裁として、今日から1年程度、これらの企業・団体は利用しません(買わない、保有しているものも使わない)。
 当然、朝日新聞は買わない。協賛、主催、イベントはボイコット。
 かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。

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