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2015年2月 1日 (日)

2015年2月1日付け小説朝日新聞朝刊社説『フリースクール支援― どうつくる多様な社会』を読んでの感想

2015年2月1日付け小説朝日新聞朝刊社説『フリースクール支援― どうつくる多様な社会』を読んでの感想。

以下感想。
>不登校の子どもらの受け皿の一つがフリースクールである。

 学校と言う集団の場がダメで、フリースクールと言う名の集団の場はOK。何とも不思議である。

 フリースクールについては、『子どもに暴力をふるい、反社会的な内容を教える施設を排除する仕組みも欠かせない。』などの問題を社説でも記しているが、フリースクールありきではなく、既存の学校の中で不登校の子に向けた教育の場、例えば、5〜6人の学級を用意する仕組みを先ずは考えべきであろう。

 嫌なものから逃げる。
 逃げれば誰か助けてくれる。
 社会人になれば、逃げられないし、助けてもられない場合もあり得る。安易にフリーススクールと言う場の提供は、子供やその親に誤った考えを受け付けかねない。
 フリースクールに馴染めない場合は、フリースクールのフリースクール?行き場なし?それも問題であろう。


 社説記載の『中学生だと37人に1人、1学級に1人いることになる。』が事実なら、教員の資質そのものが問題であろう。
 それを裏付ける報道がある。
 2015/1/31付日本経済新聞朝刊『教員の体罰処分、最多3953人』によれば、約6割が殴る体罰だ。わいせつ行為は過去最多の200人超え。
 体罰を受けた児童生徒は計8880人に上り、中学生が最多の3973人、高校生2968人、小学生1892人。

 これでは、暴力は暴力生むって教育はできない。
 教員の教育も必要であろう。転職を促した方がいいかも知れない。


>別の学びの場があってこそ、多くの子の通う学校教育が豊かになりうる、社会が一色に染まるのを防げるというのだ。

 しかし、既存の教育は違うぞ。
 心を一つにして、心が一つなって、何故みんなと同じことができないのだ〜、と何度教師から聞いたことか。
 現場では、明らかに面倒だ1色にしたい。そんな現状だ。

 多様な価値観もいいが、最近多いテロを行う個人、団体を認めよ的な論調は明らかにおかしい。

●私的制裁対象企業
朝日デジタルトップの広告企業を制裁対処とする。
企業名は書かない。その企業の宣伝になるから。
但し、被災地支援、その他エボラなど人道関連分野は除く。

32年間の慰安婦誤報(捏造)に対する個人的制裁として、今日から1年程度、これらの企業・団体は利用しません(買わない、保有しているものも使わない)。
当然、朝日新聞は買わない。協賛、主催、イベントはボイコット。
かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。
朝日新聞問題を風化させてはいけない。

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