« 2015年2月1日 | トップページ | 2015年2月3日 »

2015年2月2日の1件の投稿

2015年2月 2日 (月)

2015年2月2日付け小説朝日新聞朝刊社説『「イスラム国」の非道― この国際犯罪を許さない』を読んでの感想

2015年2月2日付け小説朝日新聞朝刊社説『「イスラム国」の非道― この国際犯罪を許さない』を読んでの感想。

以下感想。
 国ではない。
 テロリスト集団だ。イスラム差別を生みかねない表現を改めるべきであろう。
 イスラム国の名称で、多くのイスラム教の方々も迷惑しているのだ。

 
>訴追と処罰を求める国際社会の圧力を高めていくべきだ。

 高めても相手は国ではない。
 よって、圧力にはならない。
 寧ろ、プラス評価が得られたと解釈するだろう。
 

>菅官房長官はきのうの会見で「(「イスラム国」とは)接触しなかった」と述べた。それはなぜなのか。昨年、新設された政府の国家安全保障局は、どのように機能したか。

 テロリストと窓口はない。
 あるとすれば、それはテロ支援国家であろう。
 
 接触すれば、接触した人物が拉致される可能性を否定出来ない。よって直接接触はできない。
 更に、国内の自称窓口がある人物に交渉を委ねていたとしても、交渉の失敗時は責任をどうするのか?政府として責任は全く持てない。

 国家安全保障局の活動については、極力秘密にすべき。
 何故なら、活動の手口がばれては活動ができない。
 今回の活動に協力してくれた関係国との関係を悪化させてしまう可能性もある。


>同じ被害を繰り返さないためにも、政府は事実を最大限公表し、検証する責任がある。

 誰かが伝えなければならない理屈は分る。
 個人の自由な渡航もあるだろう。
 しかし、相手の価値観を理解しなければならない。
 相手の価値観は、歌声、花束ではない。残念ながら暴力だ。一方的に、歌声、花束を持ち込んでも相手の理解は得られない。

 更に、多くの日本人は異教徒である。
 国内の仏教徒は宗教を意識していない人が多いと思うが、国内のキリスト教の方々は自分はキリスト教であること意識しているだろう。十字架持って彼らの支配地域に入れば、明確に異教徒して扱われる。
 異教徒を思われるモノを持ち込むことは、現状では相手の価値観を否定することだ。

 国内ならテロに屈したくないから、歌声、花束で説得もあるだろう。しかし、彼らの支配地域で、歌声、花束、異教徒を思われるモノを持ち込む行為は相手を刺激するだけだ。
 最後は、自分の身は自分で守るだ。


 
>人道支援を重視する日本の姿勢は、いまも中東地域に広く浸透している。

 残念ながら、因縁はつける側の都合で決まるのだ。
 それは、互いの理解ではない。あくまでもご都合だ。
 それが、言葉だけで済むのか?暴力を伴うのか?それも相手のご都合だ。


>今こそ日本政府が難民に門戸を広く開くときではないか。

 周辺国で、難民を受け入れても受け入れても溢れる状態なら、仮に日本政府が難民を受け入れても問題の解決にはならない。
 元を断つ、元凶を断つ手段が必要である。

 ところで、一部に誘拐・身代金事件として警察が動き出す報道もある。
 社民党は「警察権で対応すべき問題」としているようだ。支持率限りなくゼロの社民党も容認だ。
 警察活動には、現場検証は必須。赴きべきであろう。但し、護衛として自衛隊も動向だ。危険な目に合えば、現行法でも最低限の自衛行動を取れる。

●私的制裁対象企業
朝日デジタルトップの広告企業を制裁対処とする。
企業名は書かない。その企業の宣伝になるから。
但し、被災地支援、その他エボラなど人道関連分野は除く。

32年間の慰安婦誤報(捏造)に対する個人的制裁として、今日から1年程度、これらの企業・団体は利用しません(買わない、保有しているものも使わない)。
当然、朝日新聞は買わない。協賛、主催、イベントはボイコット。
かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。
朝日新聞問題を風化させてはいけない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年2月1日 | トップページ | 2015年2月3日 »