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2015年3月29日の1件の投稿

2015年3月29日 (日)

2015年3月29日付け小説朝日新聞朝刊社説『安倍政権の激走― 「いま」と「わたし」の大冒険』読んでの感想/暴走社説

 2015年3月29日付け小説朝日新聞朝刊社説『安倍政権の激走― 「いま」と「わたし」の大冒険』読んでの感想。

以下感想。
 担当が変わるのか?最後の断末魔的暴走社説。
 

>最も注視すべきは、ブレーキだろう。

 民主党政権化のような停滞と混迷が大好き朝日新聞。
 小さな不満も大きく扱い煽りまくり、停滞と混迷の世界へ向かわせたい。


>メディアや野党による権力の批判的検証――。

 屁理屈も多々あり。
 偏ったも批判も多々あり。


>過去も『日本が戦争に巻き込まれる』といった、ただ不安をあおろうとする無責任な言説が繰り返されてきた。

 『日本が戦争に巻き込まれる』論調は、朝日新聞の社説にもある。

 2015年3月9日付
『自衛隊の迅速な対応を重視する考え方だが、逆に言えば、小競り合いを止める間もなく事態がエスカレートし、軍事衝突に発展する危険性をはらむ。』


>「戦後レジームからの脱却」

 間違った意味を流布
http://dougunogu.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/201539-5a5f.html
に記したが、「戦後レジームからの脱却」は、戦後レジーム脱却→戦後国際秩序の否定→歴史修正主義ではない。
 2015/3/1付日本経済新聞朝刊『「戦後レジーム脱却」の虚実 特別編集委員 伊奈久喜』より、要約すれば、レジームとは政治制度で国内体制を指す。戦後レジームからの脱却とは、06年の自民党総裁選の安倍陣営公約で、公務員制度改革の意味で使った。07年の施政方針演説で、幅を少し広げて、憲法を頂点とした、行政システム、教育、経済、雇用、国と地方の関係、外交、安全保障などの基本的枠組みを見直すとしたのだ。

 総理自身も最近、国会の場において国内体制を指すと発言している。

 にも関わらず『エンジン全開でぶっ飛ばすぜという冒険主義のことなのだろうか。』は乱暴である。
 朝日新聞の暴走だ。


>こんなにアクセルを踏み込める政権はかつてなかっただろうと答えが返ってくる。

 民主党政権で3年以上停滞。
 世界に対して大きく遅れを取った。
 その遅れを取り戻すためには、スピードが必要だ。


>奇妙な論法が横行している。

 奇妙は、朝日ロジック。


>「八紘一宇(はっこういちう)」

 この言葉は、大東亜戦争の元々の目的=アメリカなどに不都合の意味があり、GHQが戦後使用禁止用語にしたようだ。
 一方的な否定は、問題であろう。
 

>「わたし」を中心にものごとを都合よく把握し、他者の存在をまったく考慮に入れない。狭隘(きょうあい)かつ粗雑な世界観が、あちこちから漏れ出している。

 朝日新聞そのものじゃないのか。
 ワザワザ「狭隘」なんて、一般人が普段使わないような言葉を使って、一般人を煙にまこう。
 そんな思惑が見える。


>「言論の自由」を権力者が振りかざすという倒錯。

 総理は、黙っていろとは、朝日ご都合ロジック。
 社説で例としてあげているTBSの番組において、もし、何も言わなければ、それを認めたことになる。
 放送内容の変更を求めた訳ではない。

 そもそもこの番組は、14年11月18日の放送だ。
 蒸し返し大好き朝日新聞。
 何故、10数年も誤報を続けたのか?朝日新聞には丁寧な説明が必要だ。


>首相たるもの「いま」「わたし」の衝動に流されるべきではない。

 安保見直し、憲法改正も流されて止めるべきではない。


>首相に対する批判はメディアのヘイトスピーチだという極めて稚拙な言説が飛び出す。

 例えば、「戦後レジームからの脱却」の曲解のまま議論を展開するのは異常だ。
 先ずは、訂正すべき。
 当たり前の訂正ができないから、ヘイト扱いされるのだ。

 稚拙な言説とは、大手メディアの上から目線の感覚と感じる人もいるだろう。


>昨今「メディアの萎縮」と呼ばれる事態も、強権的な安倍政権にたじろいでいるという単純なものではなく、道理が引っ込み、液状化した社会に足を取られているというのが、情けなくはあるが、率直な実感だ。

 何だか意味不明だ。
 道理って、朝日新聞傀儡一味の道理のことか。


 朝日新聞の社説を読んでも、年中過去の発言と矛盾している。
 昨日の『不平等な一票― 正統性が問われている』もそうであった。

 それでいながら、朝日新聞に限らずマスコミは、取り上げる人物の過去の発言と現在の発言で矛盾があれば、お祭り騒ぎ。
 個人ではなく、過去の政権と違うでお祭り騒ぎもある。

 ネットで情報収集すれば、怪しげなネット民の意見ではなく、公的な機関の情報も自由に手に入る。
 総理の発言も要約ではなく、全文読める。その気になれば海外の要人の発言も全文読める。
 ときに一部だけ抽出して騒いで全体を見ない。見ようとしない。木を見て森を見ずだ。
 そして、論理的に乏しい批判。 
 そんな状況下で、国民は、メディアに対して疑問を持ちたくなるのは当然である。
 マスコミは、先ずは、よい意味での自虐をせよ。萎縮はメディア自身にありだ。


>メディアが耳をふさいでやり過ごしてはならない。

 それでも沖縄米軍基地前で行われているヘイトスピーチには、耳をふさぐ多くのメディア。
 沖縄で行われてるヘイトスピーチは、
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-239002-storytopic-271.html
に掲載されている(琉球新報の記事)。米軍関係者はヘイトと認識しているが、沖縄は抗議扱いの異常さだ。


>そしていま、この社会に生きる一人ひとりにも、できることはあるはずだ。

 仰せの通りに。
 できることは、異常ロジックを感じる朝日新聞社説に対して、先ずは来年度も批判ありき。
 

 ところで朝日新聞の社説は、20人程度で議論しているらしい。
 本当に20人なのだろうか?1〜2人に仕切られて、参加者の多くが萎縮しているのではないか? 
 あるいは、20人は延べで1社説は2〜3人で議論。だから、過去の発言と矛盾が出るのでは?いや、それでもちょっと検索すれば分るはず。何しろ私でも気づくくらいだ。ならば、毎回面子が変わっている?

 だいたい、複数が議論して達した内容に感じられない。
 今日の社説も余りに一方通行的。

 実は、その場しのぎの勢い=暴走だけか?


※午後追記
 2015/3/22付日本経済新聞 朝刊によれば、民主党のある議員(紙面には実名も書いてある)は、「注目すべきは、顔を土と汗と血で汚して実際に戦場に立つ男だ」って言葉を胸に深く刻んでいる人もいる。
 この言葉だけ聞けば、わが軍レベルの話ではないぞ。

●32年間の慰安婦誤報(捏造)に対する私的制裁
朝日デジタルトップの広告掲載企業の不買。但し、被災地支援、その他エボラなど人道関連分野は除く。
 朝日新聞は買わない。協賛、主催のイベントなどはボイコット。かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。朝日新聞問題を風化させてはいけない。

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