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2015年8月 1日 (土)

2015年8月1日付け小説朝日新聞朝刊社説『原発事故起訴― 新たな検証の機会に』を読んでの感想

2015年8月1日付け小説朝日新聞朝刊社説『原発事故起訴― 新たな検証の機会に』を読んでの感想。

以下感想。
 先ず、東日本大震災は、1000年に一度と言われた震災。
 869年貞観三陸沖地震の津波では、10mとも30mとも。
 1611年の慶長三陸地震では、20m?25m。
 1896年の明治三陸地震では、38m。
 1933年の昭和三陸沖地震では、29m。(津波の大きさは何れもウィキペディアより)
 これらの津波が、過去、福島第1原発付近にどのような被害をもたらしたのか?が重要である。
 仮に最大でも5mだったところに、30mクラスへの対策は合理性がない。

 心情的には、現場をかく乱したように感じられる当時の首相を含め、何らかの罰を与えたいとは思う。

 福島第一原発の事故について、東京地方検察庁は2013年、福島県の住民グループなどから告訴・告発を受けた東京電力の旧経営陣など約30人ついて、全員を不起訴にしている。
 
 東電は過去15.7mの津波の試算をしていたとされる。
 但し、15.7mの試算があってもその発生の頻度が重要となる。
 仮にその資産が10年に一度発生と予想出来るものならば、原発の対応年数40年の間に、4回のダメージを予想出来る。よって、確実な対策をしていない場合、責任は確実にあると言える。
 一方、1000年に一度となると、疑問である。

 ネット上、ニュース記事含め『東電は過去15.7mの津波の試算をしていた』だけが目立ち、その頻度的なところが分らない。
 幸い2014.12.26付け産経新聞『福島第1原発事故 新証拠の判断は?再捜査も当時の東電経営陣は不起訴の公算 東京地検』に掲載があった。『国の地震調査研究推進本部(推本)が平成14年、「福島県沖を含む地域でマグニチュード8クラスの津波を伴う地震(津波地震)が30年以内に約20%で発生する」と予測し、東電がこの予測に基づいて20年、同等の地震が起きれば同原発に従来の想定を大きく上回る高さ15.7メートルの津波が到来すると試算していた点だ。東電は想定を超す津波が到来した場合、全電源喪失が起き、原発事故が発生する危険性があるとの検討結果をまとめていた。』(原文ママ)。


 さて、福島沖『30年以内に約20%で発生する』とはどんなものか?
 直感的に分りやすいのは、現在ビジネスの
http://gendai.ismedia.jp/articles/print/36091
『ある地域で1200年間の歴史的な記録が残っていて、そこに6回の地震の記述があるとすると、1200÷6=200で、200年に1回地震が起こる』『地震の間隔が200年なら、前の地震から100年の間に次の地震が来る確率は50%となる』。

 2011年5月 当時の民主党政権の首相が、浜岡原発を止めさせた理由の一つが、『東海地震は30年以内に87%で発生』であった。
 87%を算出する為の元となったデータは、実は僅か4つだけである。1498年、1605年、1707年、1854年の地震、その間隔から数学的に計算しているだけだ。地質調査とかの考慮はゼロ。
 この4つのデータを使ってBPT分布から求めている。
 数学的な解釈上では、『東海地震は30年以内に0.58%で発生』も可能だ。
 1854年以後、現在の約160年間起こっていない。いつ起こってもおかしくないと言える反面、根拠的には薄い数値と言えるのが、この計算方法による確立だ。
 この点は、小林道正著、岩波書店『デタラメにひそむ確立法則』などが詳しい。
 
 この計算手法は、現実の地震の発生間隔が比較的均一、かつ、頻繁に発生していないと算出される確率としては怪しい。
 
 
 福島沖『30年以内に約20%で発生する』の元となった地震については、私は調べてはいないが、東海地震と似たような少ないデータから求めた怪しい確立であると想像している。

 よって、心情的な面を別にして、営利目的の企業に、確立が不明な危険に対応せよで罪を問うことは無理な気がする。 


 例によって、朝日新聞社説は、動物的感情だけに特化。
 毎度ながら数値的な根拠もない。 
 民意で有罪では、魔女裁判だぞ。
 気に入らない結果は、デモを煽る?


●30年以上の慰安婦誤報(捏造)に対する私的制裁
 外部から誤りを指摘されて30年以上放置、自社で誤りを気づいて15年以上放置。誤報と言うより捏造の印象。
よって、朝日デジタルトップの広告掲載企業の不買。但し、被災地支援、その他エボラなど人道関連分野は除く。
 朝日新聞は買わない。協賛、主催のイベントなどはボイコット。かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。朝日新聞問題を風化させてはいけない。

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