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2015年10月4日の2件の投稿

2015年10月 4日 (日)

2015年10月4日付け小説朝日新聞朝刊社説『五輪組織委 真剣に刷新を検討せよ』を読んでの感想/外部有識者による調査方針無視

2015年10月4日付け小説朝日新聞朝刊社説『五輪組織委 真剣に刷新を検討せよ』を読んでの感想。

以下感想。
>第三者ではなく、組織内でまとめた検証報告だが、その内容だけでも、組織委のずさんさと無責任さにあきれかえる。

 第三者の前に、組織内で検証することは重要だ。
 大きな問題は、二本立てが常識であろう。

 次に2015/9/29付日本経済新聞 朝刊『佐野氏らに応募事前要請 エンブレム問題 組織委が報告書』によれば、『選考過程について外部有識者による調査を行う方針を示した。』。
 外部有識者が誰もが第三者委員会と呼べるレベルになるか現段階では不明であるが、外部判断を今後行うとしている。

 朝日新聞社説は、この点を無視したと言える。
 ずさんだ。呆れかえる。


>密室でどんなやりとりの末に修正されていったか、今に至るも明らかにされていない。 

 組織委員会自身が、外部有識者による調査を行うって。

 ところで、2015年8月26日05時18分付け朝日新聞『五輪エンブレム当初案「劇場ロゴと似てない」 審査委員』の記事は、”明らか”でないなら、何処まで事実なの?

 
>今からでも改めて第三者による検証を尽くす必要がある。

 さも自分たちの意見であるかのように。
 組織委員会自身が、外部有識者による調査を行うって。


>責任の所在を明確にしたうえで、失敗を繰り返さないための組織の刷新を真剣に考えるべきだ。

 『選考過程について外部有識者による調査を行う方針を示した。』を無視して、社説を展開では結論も異なるのではないのか?
 朝日新聞の社説も同様に真剣に考えるべきではないのか?

●30年以上の慰安婦誤報(捏造)に対する私的制裁
外部から誤りを指摘されて30年以上放置、自社で誤りを気づいて15年以上放置。誤報と言うより捏造の印象。
よって、朝日デジタルトップの広告掲載企業の不買。但し、被災地支援、その他エボラなど人道関連分野は除く。
 朝日新聞は買わない。協賛、主催のイベントなどはボイコット。かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。朝日新聞問題を風化させてはいけない。
 尚、私は現実と妄想の区別がつきません。

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2015年10月4日付け小説朝日新聞朝刊社説『公共空間 自由な広場でなくては』を読んでの感想/相変わらず気味の悪い朝日

2015年10月4日付け小説朝日新聞朝刊社説『公共空間 自由な広場でなくては』を読んでの感想。

以下感想。
>〈梅雨空に「九条守れ」の女性デモ〉

 この俳句が、梅雨空に「憲法改正」の女性デモ ならば朝日新聞は取り上げただろうか。
 自由な広場と言うならば、次回は日ごろの社説の主張と異なる意見を例に上げてもよいだろう。


>美術館が根拠の一つに挙げた「観客からのクレーム」の件数を会田さんが尋ねると、「1件」だったという。

 観客?
ヤフー『会田誠さん作品撤去要請についての意見を発表 東京都現代美術館で開催中の展覧会』 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150725-00000038-it_nlab-cul 
では、『削除要請の経緯については「(美術館)友の会会員1名」からのクレームがあったことと、東京都庁のしかるべき部署からの要請があったことをうけ』と報道されている。


>世論が分かれる政治性のあるテーマを、「公共の場」に持ち込むべきではないという意見もある。

 ヒトラーも公共の場で演説を繰り返した。
 初めは、どんな発言も一つの意見である。しかし、演説のうまい彼は多くの賛同を得た。やがて政治的な力を付け、法律を作り、結果多数の悲劇を招いた。

 上記は悪例の一つ。
 逆に、よい結果を招く場合も過去あったかも知れないし、今後あるかも知れない。

 朝日新聞の主張にあう事=必ずしも正しい事ではない。結果の行方は、誰にも分らない。
 リスクを気にするならば、政治性のあるテーマを「公共の場」に持ち込むべきではないと言う意見は間違っていない。

 
>しかし、「公共の場」こそ、様々な声の交わる民主主義の広場であるべきだ。

 と言うならば、世論が分かれる政治性のあるテーマについては、「公共の場」では、賛成派、反対派双方が一定の割合で必ず在籍し、一定時間以上の発言時間を主催者に義務付けするべきであろう。
 一方向の人たちだけの集まりでは、様々な声とは言えない。デマも正しいものになってしまう場合もある。
 
 朝日新聞の社説を読んでも、社説関係者は一方向の人たちの集まりのようで、多様性のある議論を経た結果の社説になっていない場合が少なくない。時に理屈もなく、感情論だけの押し付けに終始するのものこの為であろう。

  
>いま起きているのは特に、現政権と異なる意見や、現状を批評する表現の発表をしにくくさせる動きだ。

 完全に言いきっている。
 中韓の主張に合う意見ならよいのか?
 その根拠も不明だ。

 朝日新聞社説は、安保法制では、賛成派の意見を殆ど取り上げなかった。
 沖縄の辺野古移設も賛成派は、存在するが未だに賛成派の意見を取り上げない朝日新聞社説。
 マスコミが、一方向の意見が多数と思わせる雰囲気を世の中に作ることが問題である。それこそ、反対意見を街で発言しようものなら襲われるのではないか?の雰囲気作りになっているのだ。
 
 少々古いが、2013年12月27日付け毎日新聞『【紙面審ダイジェスト】特定秘密保護法 なぜ成立を許してしまったのか、検証を』。このコラム?ベテラン記者5人で構成。
 選挙で選ばれた国会議員の考え、議論を無視して、僅か5人の意見で、法案を成立させてしまったことは、「負け」と称している。何とも気味が悪い。
 
 報道、特に自称報道番組の中でのコメンテーターの偏った意見には、多くの人がネット上で疑問を投げかけている。

 方向を操るのは、マスコミにあり。
 そんな考えこそ慎むべきであろう。


>「苦情」と向き合うことから逃げたりして、

 一番、苦情から逃げているのはマスコミではないのか。
 朝日新聞は慰安婦報道で、30年以上、間違っていないか?の苦情を無視を続けた実績もある。


>精神の自由な発露を締め付ければ、

 発露とは、もとは悪事や密事に用いた表現。
 「悪意ある発言を締め付けるな!」が朝日新聞の主張のようだ。

 忖度と言わず相手の事情や心情をくみ取れって表現すべきだろう。忖度にかな振っても意味不明だ。
 「忖度」なんて死語使っては、多くの人の賛同は間違っても生まれない。自己中の果ての表現だ。

 国民を一方向へ操りたい。
 そんな発想が根底に見える。

●30年以上の慰安婦誤報(捏造)に対する私的制裁
外部から誤りを指摘されて30年以上放置、自社で誤りを気づいて15年以上放置。誤報と言うより捏造の印象。
よって、朝日デジタルトップの広告掲載企業の不買。但し、被災地支援、その他エボラなど人道関連分野は除く。
 朝日新聞は買わない。協賛、主催のイベントなどはボイコット。かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。朝日新聞問題を風化させてはいけない。
 尚、私は現実と妄想の区別がつきません。

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