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2016年1月10日の2件の投稿

2016年1月10日 (日)

2016年1月10日付け小説朝日新聞社説『「偏り」攻撃 批判封じは間違いだ』を読んでの感想/レッテル貼りの朝日

 2016年1月10日付け小説朝日新聞社説『「偏り」攻撃 批判封じは間違いだ』を読んでの感想。

以下感想。
>この言葉が、現政権と異なる考えや批判的な意見を強く牽制(けんせい)する道具になっている。

 逆もありだ。
 そう書かないことが、偏りだ。
 
 
>公共施設や学校で、「平和」や「民主主義」といった戦後の日本社会で共有されてきたはずの価値観の表明まで、「政治的に偏っていると受け取られかねない」と抑制された例もある。

 具体的な事例がない。何について記しているのか不明である。

 公立の学校で、「9条を守ろう」のような政党名の記載されたポスターが貼られていた事例もある。これは違法行為の可能性が高いが、朝日的にはOKなのか?と思えてしまう。

 2015.12.16付け産経新聞『公立中教諭が教室で赤旗コピー配布 シールズの反安保デモを持ち上げる 市教委が「政治的中立欠く」と処分検討 埼玉・春日部』(http://www.sankei.com/affairs/print/151216/afr1512160006-c.html) 
も例外かな。


>問題点を示し、議論するのではなく、「偏っている」と指弾して相手を黙らせようとするのは、一種の抑圧だ。

 朝日新聞の十八番、レッテル貼りの方が酷い。
 「偏っている」の指摘は、まだ、議論の余地がある。
 レッテル貼り、特に朝日のようなレッテル貼りは、レッテルが何時までも付きまとい反論・修正に膨大に労力を要する。 


>「偏り」を指摘する圧力は、テレビ報道に対して特に高くなっている。

 どう感じるかは自由である。
 偏っていると感じている人が、偏りを指摘する行為も自由である。
 朝日新聞は、それを奪いたいのか?
 根底は、煽動したいのだろう。


>「偏り」を指摘する圧力は、テレビ報道に対して特に高くなっている。
>安倍首相は一昨年、自分の経済政策に疑問を呈する「街の声」に、「選んでいる」と不快感を示した。

 報道で、その局、その新聞社の主張にあった方向の声だけが連弾すれば疑問だ。
 過度な表現の自由解釈で、マスコミは何をしてもよい時代は終わったと認識すべきであろう。

 そういえば、大誤報の訂正後の読者の声で、その新聞社の報道姿勢に一定の評価をしている投書ばかり掲載していた新聞社があったようだ。
 2014.9.3付けzakzak『朝日大誤報への投書、検証から25日後にやっと掲載「報道姿勢を評価」ばかり』
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140903/dms1409031550005-n1.htm
 この記事によれば、『「なぜか『声欄』に“投書ゼロ”の不思議」』の記載もある。
 偏りの基準は、ご都合で決まる。


>ただし権力監視は報道機関の使命である。

 使命と偏向を混同してはいけない。

 安保法にしても長く賛成派のデモを掲載しなかった朝日新聞。
 2015年8月29日付け『安保法案賛成、各地でデモ 「徴兵制復活ありえない」』でようやく。この報道は、使命でもある。

 そういえば、このようやくの掲載に対して、元外交官、現評論家の某M氏は掲載そのものをツイッターで批判していた。これが、報道の自由を叫んでいる人だから笑える。
 「偏っている」と言えよう。


>ある事柄を様々な視点から見つめ、作り手の視線も相対化する努力を続けることで、少しずつ実現に近づく。

 『少しずつ実現』って何時だ。
 1000年後か?
 1年後か?1週間後か?
 場合によっては、1週間後に修正されても、偏向報道によって得られた結果は修正できない。
 
 『作り手』と言うなら製造物責任を持て。
 そして、何処まで作っているのか?視聴者、読者には分らない。
 無責任押し付け報道にはウンザリだ。

 重要なことは、様々な視点になっていないと感じる人が多いから、指摘を受けているのだ。


>それを「偏っている」の一言で壊そうとする乱暴さを許してはならない。

 レッテルを貼って終わりにする乱暴さを許してはならない。
 昨年の安保法、戦争法のレッテル貼りで破壊を狙ったことは明らか。
 
 レッテルを貼る側にも偏った乱暴さがあることを忘れてはならない。


※午後追記
 「偏った新聞」でググる。
 結果、『朝日新聞が嫌いです。明らかに記事に偏りがあるように思います』
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1420237779
が最上位にヒット。この記事2008/10/29付け。

 「捏造新聞」でググる。
 最上位にヒットは、『朝日新聞珊瑚記事捏造事件 - Wikipedia』だ。

 上記2つは、今日2016年1月10日午後3時ころの状態。


 偏った報道か?の判断は、視聴者あるいは読者にある。
 報道する側が、判断するものではない。
 視聴者あるいは読者の判断は、そのときに持っている情報で概ね決まるだろう。その情報は、確かなものもあれば間違ったものもあるだろう。解釈が間違っている場合もあろう。
 それでも、偏っていると視聴者あるいは読者が感じれば、報道する側の情報の提供に何らかの問題があるのだ。
 そもそも判断は、中立な情報を元に行うべきものであるが、偏った情報では正しい判断も出来ない。

 閣僚が『為替に介入しない』と発言すれば、それは為替に介入である。
 報道機関が、『議論を呼びそうだ』と書けば、それは「議論を呼びたい」=「一方向へ煽りたい」、偏っているの解釈だ。
 議論が割れていると書きつつも、一方向の意見を重視していれば、当然、偏っているの解釈だ。一方向を見出し大きく扱っただけでも、偏向と感じる人もいるだろう。中には見出ししか読まない人もいるから当然だ。
 見出ししか読まない人を騙す為か、見出しと紙面の不一致の記事が多い新聞社もある。これも、また偏っていると感じる原因でもあろう。

 ネット上で記事を開示する場合、会員には全文を開示、非会員やヤフーへの転載は部分的な開示に留めている新聞社もある。
 非会員向けやヤフーへの転載記事が要約版ならよいが、「残り:2086文字/全文:2497文字」などと記されていると、単純ぶった切りに思える。非会員向けやヤフーへの転載記事では、偏っている可能性もあるし、また、その逆に会員向けには偏っている可能性も疑われる。


※2016年1月12日追記
 放送への意見や苦情、放送倫理上の問題に対して、自主的に独立した第三者の立場 から対応する放送界の自律機関、放送倫理・番組向上機構(BPO)関係者の活動の動画
https://m.youtube.com/watch?feature=youtu.be&v=9EkB1yM9w_Q
https://m.youtube.com/watch?v=Di_MVgJ4xlg

 BPOの簡易な説明文には、中立性とは書いていないようだ。
http://www.bpo.gr.jp/?page_id=912


●30年以上の慰安婦誤報(捏造)に対する私的制裁
外部から誤りを指摘されて30年以上放置、自社で誤りを気づいて15年以上放置。誤報と言うより捏造の印象。
 朝日新聞は買わない。協賛、主催のイベントなどはボイコット。かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。朝日新聞問題を風化させてはいけない。
 尚、私は現実と妄想の区別がつきません。誤読、勘違いも多々あり。

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2016年1月10日付け小説朝日新聞社説『中東と日本 傍観者でいられない』を読んでの感想

2016年1月10日付け小説朝日新聞社説『中東と日本 傍観者でいられない』を読んでの感想。

以下感想。
>日本も、米欧を中心とした仲介努力を支えるとともに、いま何ができるのか。知恵を絞って国際社会と協調したい。

 出ました『知恵を絞って』。
 困ったときの常套句。
 せめて、過去、両宗派間の紛争が収まった外交事例があれば、それを記載してもよいだろうがそれもない。
 サウジ、イランは1000年越えの宗派争いが根底にあると言う。これだけ長いと、双方が受け入れ可能な解はないかも知れない。にも関わらず安易に『知恵を絞れ』には疑問だ。
 「私たちは適当に批判する人」朝日新聞。


>歴史的に複雑な関係にある、サウジなどアラブ諸国やイスラエル、イランのいずれとも一定の信頼関係の下で対話ができることは、日本外交の資産だ。

 二国間と三国以上は分けるべき。
 二国間で、話し合いがまとまらないことも三国間ならまとまる場合もある。しかし、日中韓で見られるように、中韓に連合されて不利な立場に追われる事例もある。
 
 サウジ、イラン、双方のグループは原油輸出国。
 日本との外交悪化で、原油が買えない状態では大きなマイナスである。慎重な対応が望まれる。 
 朝日的には、日本がかき回し、外交悪化を期待しているかも知れないが。


>留意すべきは、安保法制で可能になる他国軍の後方支援活動に自衛隊が加わることは、日本の強みをかえって失わせかねないことである。

 そういう方向へ導きたい朝日新聞なのだろう。


>それこそが真の意味での「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」「積極的平和主義」の名にふさわしい。

 自らの主張の都合に合わせて『地球儀を俯瞰するする外交』の意味を曲解していると言わざるを得ない。
 『地球儀を俯瞰するする外交』は、
 2013.07.05付けnippon.com『地球を俯瞰する安倍外交―谷内正太郎内閣官房参与インタビュー(1)』(http://www.nippon.com/ja/currents/d00089/)より。『多角的な外交をするための「碁(ご)の布石を打つような外交」とも言われます。』(原文ママ)。
 2014.9.29 付け産経新聞『【安倍首相所信表明演説全文】(4)地球を俯瞰する外交を積極的に展開する』(http://www.sankei.com/politics/print/140929/plt1409290022-c.html)より。『さて、総理就任以来、49カ国を訪問し、延べ200回以上の首脳会談を行いました。「地球儀を俯(ふ)瞰(かん)する外交」を、さらに積極的に展開し、日本の立場を国際的に発信してまいります。』(原文ママ)。
などから分るように、先ずは世界の国々と首脳同士の顔をつなぐことにある。

 次に積極的平和主義とは、日本の安全保障政策に登場する言葉である。
 日本の安全保障政策は外務省の
http://www.mofa.go.jp/mofaj/p_pd/dpr/page1w_000072.html 
に詳細が掲載されている。
 「はじめに」次の記載がある。『今や、どの国も、一国のみで自らの平和と安全を確保することはできません。国際社会もまた、日本が国際社会の平和と安定のために一層積極的な役割を果たすことを期待しています。国際協調主義に基づく「積極的平和主義」は、このような現実を背景に、日本政府が掲げる日本の国家安全保障の基本理念です。』
 更に、4ページの日本の安全保障政策の基本方針を見れば、国連軍がない、故に集団安全保障措置で対応が読み取れる。
 つまり、外交だけ、あるいは主に外交ではない。

 朝日の主張する『ふさわしい』では、元の意味を曲解的願望で、すり替えようとしている。


●30年以上の慰安婦誤報(捏造)に対する私的制裁
外部から誤りを指摘されて30年以上放置、自社で誤りを気づいて15年以上放置。誤報と言うより捏造の印象。
 朝日新聞は買わない。協賛、主催のイベントなどはボイコット。かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。朝日新聞問題を風化させてはいけない。
 尚、私は現実と妄想の区別がつきません。誤読、勘違いも多々あり。

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