« 2016年2月23日 | トップページ | 2016年2月25日 »

2016年2月24日の2件の投稿

2016年2月24日 (水)

2016年2月24日付け小説朝日新聞社説『高齢者虐待 介護の孤立を防ごう』を読んでの感想/尊厳死の権利が必要だ

2016年2月24日付け小説朝日新聞社説『高齢者虐待 介護の孤立を防ごう』を読んでの感想。

以下感想。
>家族による高齢者への虐待と判断された事例が、昨年度、1万5739件(厚生労働省)に達した。

 厚労省の 
 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000111629.html
に件数が掲載されている。
 昨年度(26年度)に対して、25年度は15731件。
 横這い。
 
 養介護施設従事者等によるものもは、昨年度300件。25年度は221件。大幅増加中。

 ただ、会議をする側が暴力行為を受ける場合もある。この点は、厚労省の調査から見えない。


>特に介護する側が孤立してストレスなどを抱えやすくなっていることは見過ごせない。

 しかし、第三者の介入は、監視社会につながりかねない。


>例えば老老介護の高齢者世帯などには民生委員や地域のボランティアによる見守りもあるだろうが、息子と2人暮らしの高齢者の家庭などもその対象に加えてはどうか。

 しかし、第三者の介入は、監視社会につながりかねない。
 2016年1月3日付け社説『孤立社会を超えて 市民と行政の協働築こう』では、相互監視の監視社会を求めるような主張が見られた。恐ろしいことだ。

 個人の自由と独立より、監視推奨の朝日新聞。


>また、家族による虐待では認知症の人が被害者になるケースが目立つ。そこには、認知症に対する知識の不足という問題もある。

 知識不足のレッテルを貼るのはよろしくない。
 少なくとも、他人様以上に、介護する側は受ける側のことを知っている。


>それを意に反して無理やり抑えつけようとすると、かえって状況を悪くしてしまうことがある。

 指紋登録制度、DNA登録制度がないので、行方不明になったら大変だ。
 根性の別れになりかねないし、電車の運行妨害で裁判沙汰になるかも知れない。 
 介護を受ける側が暴力的な行為を行う場合もある。 


>そんな時、認知症の人への接し方を知っていれば、虐待に至るような事態は避けられるのではないか。

 そんなに甘いものではない。
 所詮、マニュアル話は、マニュアル話。
 24時間365日、1名に対応したわけではない。また、1名に対応した話しでも全ての人に有効なわけではない。
 罵声、暴力は介護を受ける側からも行われる。介護をする側には、非情に感じられる場合もあるだろう。

 やはり、死ぬ権利の制度の充実だ。
 介護受ける状態になる前に、予め、尊厳死の基準を医師と相談し決める。そして、適切な判断の元に尊厳死。
 これで家族の負担減だ。

 一定以上の認知症の状態では、どんなに素晴らしい介護を受けていても、本人に取っては辱めを受けている状態の可能性もある。
 認知症の認定にも問題があろう。
 検査を受け、軽度でも認知機能の低下を指摘され、認知症のレッテルを貼られれば、高齢者の自信を無くしかえって認知症を促進しかねない。説明を受けても不安が増加し、やはり、認知症を促進しかねない。

 やはり、尊厳死だ。
 国会図書館『フランスにおける尊厳死法制』
http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/legis/235/023502.pdf
 途上の段階にはあるようだが、合法的に尊厳死を選択できる権利は、プラスの評価に値する。 

 個人の自由と独立が一番重要だ。
 自由意思に反する見守りと言う名の監視など認められない。
 
 
 そうそう、胃瘻ってのがある。通常、胃瘻は家族の判断で続けられる。持続的植物状態の継続。
 しかし、それは1年以上続く場合もある。
 何らかの事情によって、持続的植物状態を維持する胃瘻を止め場合もある。その最終判断は、家族が行うことになる。死刑宣告ではないが、高度なストレスを要する判断を強いられる。
 個人の自由意思に基づく尊厳死があれば、少しはそんな負担も減るだろう。


●30年以上の慰安婦誤報(捏造)に対する私的制裁
外部から誤りを指摘されて30年以上放置、自社で誤りを気づいて15年以上放置。誤報と言うより捏造の印象。
 朝日新聞は買わない。協賛、主催のイベントなどはボイコット。かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。朝日新聞問題を風化させてはいけない。
 尚、私は現実と妄想の区別がつきません。誤読、勘違いも多々あり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月24日付け小説朝日新聞社説『被爆訴訟 画一的な線引きやめよ』を読んでの感想/前提が異なるのではないか?

2016年2月24日付け小説朝日新聞社説『被爆訴訟 画一的な線引きやめよ』を読んでの感想。

以下感想。
>一方で判決は、東京電力福島第一原発事故のデータをもとに、自然被曝の10年分に相当する25ミリシーベルトを、健康被害が生じる線量の目安とした。

 これは、嘘とも言える表現だ。
 2016年2月23日更新 長崎新聞『体験者10人を「被爆者」』
http://www.nagasaki-np.co.jp/news/kennaitopix/2016/02/23092629047062.shtml
より。
 『25ミリシーベルト以上とした理由を「自然放射線による年間積算線量の世界平均2・4ミリシーベルトの10倍を超える場合には、健康被害が生じる可能性がある」と説明。』(原文ママ引用)

 2016/2/23付日経新聞『被爆者 指定域外で認定』より。
『「原爆投下による年間放射線被曝線量が自然界の約10倍(25ミリシーベルト)を超える場合は健康被害の可能性がある」と判断した。』(原文ママ引用)

 朝日表現は、福島第一原発事故が前提とも取れる表現だが、他紙の表現を見る限り、あくまで自然界が前提だ。事実を歪みかねない表現は、社説と言えどもよろしくない。


>原爆の人体への影響は未解明な点が多いというのが科学の現状である。科学的根拠を示さなければ、被爆者と認めようとしない国の姿勢は理不尽だ。

 感情ではなく、数値表現による判断は必要だ。
 1例でも感情判断を生めば、他の裁判への影響が懸念される。1度の例外は権利となるのが、感情論の現状だ。
 何より、感情判断では、差別を生みかねない。


●30年以上の慰安婦誤報(捏造)に対する私的制裁
外部から誤りを指摘されて30年以上放置、自社で誤りを気づいて15年以上放置。誤報と言うより捏造の印象。
 朝日新聞は買わない。協賛、主催のイベントなどはボイコット。かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。朝日新聞問題を風化させてはいけない。
 尚、私は現実と妄想の区別がつきません。誤読、勘違いも多々あり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年2月23日 | トップページ | 2016年2月25日 »