« 2016年5月1日 | トップページ | 2016年5月3日 »

2016年5月2日の2件の投稿

2016年5月 2日 (月)

2016年5月2日付け小説朝日新聞社説『スポーツ強化 未成年の教育に配慮を』を読んでの感想。

2016年5月2日付け小説朝日新聞社説『スポーツ強化 未成年の教育に配慮を』を読んでの感想。

以下感想。
>コーチやスタッフは使用に気がつかなかったという。

 気がつかなかったフリをしていたのではないか?とも思えてしまう。

>見込まれて練習や遠征に重きが置かれることになれば、ふつうの教育の機会からは遠ざかっていくことにもなる。

 普通ではなく『ふつう』とはどんな教育を指しているのか?
 それが見えない。
 朝日新聞基準の「ふつう」では、かけ離れていないか?

 2014年12月6日付け産経新聞『朝日新聞教材「知る沖縄戦」の強姦記述「不適切」 大阪・松原の小学校が回収…有識者は「偏向」批判』
http://www.sankei.com/west/print/141206/wst1412060032-c.html
によれば、保護者が『「殺人や性的暴行など悲惨な話ばかりで子供が疑問を持った。一方的な歴史観に基づく教材で、授業で使うのはおかしい」と学校側に抗議した』ようだ。更に市教委は『「アメリカの捕虜になると男は股裂きに、女は強姦されると信じていたため、誰も応じなかった」』の記述を問題視して回収。

 埼玉県議会のHP、埼玉県議会でも問題
https://www.pref.saitama.lg.jp/e1601/teireikaigaiyo/h2612-e030.html

 全国教育問題協議会のHP、国会でも問題
http://www.zenkyokyo.net/survey/523

 これが、朝日新聞の『ふつう』なのかも知れない。

 そもそも、JOCエリートアカデミーは、味の素ナショナルトレーニングセンターを拠点に生活して、学校への通学とトレーニングを行うものである。味の素トレセンに缶詰ではない。トレセンから学校へ通学するのだ。
 


>JOCは、競技以外を含めたバランスのいい生活を選手が送れるよう家族の支援を求めたり、カウンセラーの役割をコーチに求めたりしている。

 スキー連盟の強化指定選手問題、JOCのエリートアカデミーへの要望は切り分けるべきではないだろうか?
 それぞれの団体の選手への関わりが度合いが異なるからだ。


>勝利だけを目的とした選手の育成よりも、社会の中で責任を持つことができる人物への成長に向けて、目を配りたい。

 スノーボードの強化指定選手が大麻を使用したことは問題ではあるが、過度な責任を選手に求めるようでは息が詰まり、育つものも育たない。受け答えエリート、生活態度エリートなどを求めるようでは、目的から遠ざかるばかりだ。

 

●30年以上の慰安婦誤報(捏造)に対する私的制裁
 外部から誤りを指摘されて30年以上放置、自社で誤りを気づいて15年以上放置。誤報と言うより捏造の印象。
 朝日新聞は買わない。協賛、主催のイベントなどはボイコット。かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。朝日新聞問題を風化させてはいけない。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年5月2日付け小説朝日新聞社説『NHKの使命 政府の広報ではない』を読んでの感想/公式見解があるから異論がある。

2016年5月2日付け小説朝日新聞社説『NHKの使命 政府の広報ではない』を読んでの感想。

以下感想。
>NHKは、政府の広報機関ではない。当局の発表をただ伝えるだけでは、報道機関の使命は果たせない。

 確かにNHKは、政府の広報機関ではない。
 しかし、政府の発表を正確に伝えている報道機関はどの程度存在するのか?
 どんな報道機関でも、先ずは、正確に伝えることが求められる。それが第一の指名だ。
 次に、その上で、その道の識者の賛成派、反対派の意見などを伝える。門外漢のコメンテーターなどはその後の話だ。

 第一の指名を満足に行わずに、自社の主張に沿った内容を重視して報道する。
 それでは、報道機関の使命を放棄しているとの同様だ。


>籾井氏は、先月の熊本地震に関する局内会議で、原発に関する報道は「公式発表をベースに」と発言した。「当局の発表の公式見解を伝えるべきだ。いろいろある専門家の見解を伝えても、いたずらに不安をかき立てる」などとも指示した。

 2016.3.15 付け産経新聞『「言ってないこと書いた」原子力規制庁、朝日記事に抗議 川内原発の観測装置めぐり』(http://www.sankei.com/affairs/news/160315/afr1603150037-n1.html)より。
 『規制庁は15日、朝日の記事を「誤解を生ずるおそれがある」として、同庁の見解をホームページに掲載した。』(原文ママ)
 「言ってないこと書く」ような報道機関は、多くの国民に取ってマイナスである。
 
 「公式見解」を伝えないことも、残念ながら報道の自由の一つかも知れない。
 しかし、先ずは「公式見解」を知りたいところだ。「公式見解」を自ら調べることも可能な時代であるが、「公式見解」があるからそこに異論や非公式がある訳で、異論や非公式だけが蔓延する、あるいは蔓延させたいような発想は、報道機関としてあるまじきと言える。


>自治体や政府、企業などの発表は言うまでもなく、ニュースの大事な要素である。

 要素であっても、正確に伝えているか?
 「言ってないこと書く」ような報道機関も存在する以上、疑問符が浮かぶ。


>しかし籾井氏の指示は「公式発表」のみを事実として扱うことを求めているように受け取れる。ものごとを様々な角度から見つめ、事実を多面的に伝えるという報道の基本を放棄せよと言っているに等しい。
>「住民に安心感を与える」ためというのが籾井氏の言い分のようだ。だが、それは視聴者の理解する力を見くびっている。

 『籾井氏の指示』をそう勝手に解釈し、そう思わせたい朝日新聞。
 有限の時間である。
 多様な角度はよいが、震災報道などで多様な意見ばかり多くて、何が公式だったのか?よー分からん状態は、被災者だけでなく多くの国民によってマイナスである。
 そもそも多様とは、どの範囲まで多様なのか?それは報道する側が多様と感じているだけであって、本来の多様とはほど遠い場合もあるだろう。

 ニュースの初めから終わりまで、真剣に見聞きする視聴者は少ない。
 異論の時間を増やす報道で、その隙に入り込み、誤解を与えたい、その誤解を正しいと思わせたい。それが朝日新聞の狙いなのではないのかと思える。
 見出しと内容の不一致などがよい例だ。


>多くの視聴者は、政府や企業などが公式に与える情報だけでなく、多角的な報道を自分で吟味したいと考えているのだ。

 『「多くの情報の中から信頼できるものをより分けることができるほうだ」と回答した。』とは、ソースを選ぶって、意味も含まれている。その中には、朝日は論外って選択もあるのだ。
 ソースを選ぶことからすれば、多角的な報道として、NHKは公式見解重視で選ぶ、##は非公式重視・異論重視で選ぶ、でも問題あるまい。
 それでも、NHKは公式見解を十分に伝えていないと感じることも多々あるが。


>籾井氏は一昨年の就任会見で「政府が右ということを左というわけにはいかない」と発言。昨年は戦後70年で「慰安婦問題」を扱うか問われ、「政府の方針がポイント」と語った。

 朝日新聞の社長などを毎日のように複数で取り囲み、何度も同じ質問をして見解を聞く、実験をしてみたいものだ。

 NHK会長は、慰安婦の件について当初ノーコメントを通していた。
 それでも、会見のたびに、1人を複数で囲み、何度も何度も質問する記者。これは異常な場と言えよう。仕方なく私的意見を述べた結果である。

 そもそも、NHKの会長が「朝日新聞の見解がポイント」と語ればよかったのか?
 「朝日新聞の見解がポイント」では、NHKも、2014年8月の朝日新聞同様、訂正会見を行うことになっていたかも知れない。

 NHKの会長は、直接番組制作に関わっていない。
 また、会長が番組に口をはさみ編集が変わったとあれば、NHK内部からリークがあり、既にお祭りになっていて辞任しているだろう。しかし、そんなお祭りも現時点ではない。


>政府に寄り添うような発言はその都度批判されてきたが、一向に改まらない。このままでは、NHKの報道全体への信頼が下がりかねない。

 公式見解を伝える行為そのものを、『政府に寄り添う』扱いと解釈する考えには疑問だ。
 『発言』ではない。『報道』だ。『発言』=『報道』ではない。『発言』≒『報道』でもない。

 公式見解を十分に伝える報道機関がないとなると、益々、信頼は下がるだろう。
 朝日新聞全体への信頼(部数の低下など)は、そんな理由で下がっているのではないのか?
 

 2016年2月10日付け社説『放送の自律 威圧も萎縮も無縁に』では、『この春、報道番組のキャスター、国谷裕子氏、岸井成格氏、古舘伊知郎氏が降板する。政権にはっきりものを言う看板番組の「顔」の交代に、報道の萎縮を懸念する声も上がっている。各局は番組を通して、それを払拭(ふっしょく)してもらいたい。』と記していた。
 社説を通して読むと、この文面から「政府からの圧⼒があったのでは」と思わせたいと感じられる内容であった。 

 しかし、古舘氏については、次のような報道がされている。
 2016.3.29付け産経新聞『テレ朝会⻑、「報ステ」への批判に「番組の未熟な点」 古舘伊知郎⽒降板に「圧⼒ない」』によれば、圧力はなかった。そして、『早河会⻑は「報ステ」開始前、古舘⽒側と出演交渉に当たっていた。早河会⻑は「彼(古舘⽒)はエンターテインメント系で⽣きていくと既に決断していたので、交渉は難航した」と振り返り、以下略』。
 2016.4.3付けzakzak『報道スタンスに疑義 古舘氏らキャスター降板 「偏ってるんです、私」』より。『古舘氏は昨年12月の会見で、「キャスターが意見を言ってはいけないということはない。偏っていると言われたら偏ってるんです、私」と強調。一方、テレビ朝日の早河洋会長は3月、「(報道姿勢が)一方的だったかというと、それは古舘氏個人というより番組の未熟な点だった」と述べた。』(原文ママ)。
 
 氏自身の転職意思。
 テレ朝会⻑自身の発言。
 これらが、「違う」と言うのであれば調査報道が必要であろう。


 報道機関の都合によって、国民に「そう思わせたい」では困る。
 公式見解があるから異論がある。


●30年以上の慰安婦誤報(捏造)に対する私的制裁
 外部から誤りを指摘されて30年以上放置、自社で誤りを気づいて15年以上放置。誤報と言うより捏造の印象。
 朝日新聞は買わない。協賛、主催のイベントなどはボイコット。かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。朝日新聞問題を風化させてはいけない。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年5月1日 | トップページ | 2016年5月3日 »