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2016年7月24日 (日)

2016年7月24日付け小説朝日新聞社説『小中学の道徳 教科にすべきではない』を読んでの感想/つまり、不道徳がいいのか

 2016年7月24日付け小説朝日新聞社説『小中学の道徳 教科にすべきではない』を読んでの感想。

以下感想。
>子どもの内面が評価できるのか。多様な価値観を認める教科書が生まれるのか。
>いずれも疑問をぬぐえない。「道徳」はやはり教科にすべきではない。

 多様な価値観と言う言葉で騙し、本質から外れ特定の価値と不道徳を推奨したい朝日新聞。
 

>専門家会議の報告は授業法としてグループで話し合い、役割演技をして考える方法などを挙げた。だが、そのために教科という形が必須だとは思えない。

 教科ないとは、教育現場では、実質、そんな時間を取らなくてもよいと同等扱われる。


>しかも学級全員が対象だ。どこまで可能だろうか。

 本来どう感じるか自由にも関わらず、読書の感想文などは全員が対象だ。
 しかし、道徳では何故か出来ないと言わんばかりの社説傀儡一味。
 感想文では、本質、主旨を理解した上で書いているか?も採点基準と言う。ならば、同様なことも可能であろう。
 

>運用次第では、愛国心を教え軍国主義教育を担った戦前の国定教科書に近づきかねない。

 愛国心=悪かのような、そんな異常な特定の価値観を蔓延させる朝日新聞など。
 愛国心と軍国主義教育は、本来別物だ。

 城西国際大学のHPに『日本人と外国人から見る愛国心について~アンケート調査をもとに~』
 http://www.jiu.ac.jp/books/academy/2012/human/08_2.pdf
が掲載されている。
 初めの方の文を引用する。
 『筆者は,上記にあるように,現地の人びとがまるでお祭りをしているかのようにカナダの建国記念日を祝っていたことに衝撃を受けた。なぜならば,日本にいた時には日本の建国記念日を祝っている人を見たことがなかったからである。日本人からは感じたことのない,自分の国を思う強い心,愛情のようなものをカナダ人から感じ,愛国心について関心をもつようになった。』(原文ママ)。
 国内では、一部の多様な価値観を認めない勢力によって、日本の建国記念日を祝うことが今や珍しい状態だ。


>道徳が70年以上教科にならなかったのは、教科書を使い、評価することが心のあり方への介入となる懸念があったからだ。
 
 一部の多様な価値観を認めない勢力によって、特定の価値観を正しいとする教育が推し進められたからではないのか?

 国旗の掲揚では、一部の教員価値観である掲揚するなを押し付けられる。
 君が代斉唱では、一部の教員価値観である、歌うな、起立するなを押し付けられる。
 国旗は通常1か所1点なので、多様性は難しいかも知れない。しかし、君が代斉唱は多様性が可能なものだ。その多様性を自ら否定しているのが教育現場である。

 アメリカでは、小学生の頃から愛国心を教えられる。
 朝日新聞の大好きな韓国にも愛国心教育がある。
 未調査であるが、愛国心教育のない国の方が珍しいのではないだろうか?


>その慎重な配慮を捨て、なぜ今、子どもの心を評価せねばならないのか。

 2016年6月7日ニューズウィーク日本『日本の生徒は「儀礼的」に教師に従っているだけ』より。
『日本の特異性は際立っていて、左下の極地にある。教師の言うことを聞く生徒は多いが、教師と良好な関係にある生徒は少ない。何とも変わった社会だ。アメリカの社会学者ロバート・K・マートンの表現を使うと、日本の生徒は「儀礼的」な戦略を取っていることになる。勉強に興味は持てないし、本当は(ウザい)教師の言うことなど聞きたくないが、成績に響いたり退学になったりすると困るので仕方なく従順にしているという具合だ。』(原文ママ)。

 そう、生徒は教師を信頼せず、内面など見せない。
 よって、教師には子どもの心を評価など元々出来ない。
 そもそも、日常的に生徒の内面の評価が十分に出来ていれば、「イジメがあったことを知らなかった」などお笑い的事態など発生しない。

 『勉強しないやつ』、『やる気がないやつ』などと、個人の努力など見ず結果だけで判断して言い放ち、子どもの心をお気楽に踏みにじるのが教師。
 こんなことも問題であることを教師が生徒と共に学ぶ。一方向ではなく、少しは、生徒の考えを聞く場を設ける。それが道徳教育であろう。


●30年以上の慰安婦誤報(捏造)に対する私的制裁
 外部から誤りを指摘されて30年以上放置、自社で誤りを気づいて15年以上放置。誤報と言うより捏造の印象。
 朝日新聞は買わない。協賛、主催のイベントなどはボイコット。かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。朝日新聞問題を風化させてはいけない。一方、中国は抜けられなかったので、外務次官の抗議が有効だったかも知れない。

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