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2017年1月 1日 (日)

2017年1月1日付け小説朝日新聞社説『憲法70年の年明けに 「立憲」の理念をより深く』を読んでの感想

 2017年1月1日付け小説朝日新聞社説『憲法70年の年明けに 「立憲」の理念をより深く』を読んでの感想。

以下感想。
>トランプ氏の米国をはじめ、幾多の波乱が予感され、大いなる心もとなさとともに年が明けた。

 予感されるもは波乱とは言えない。
 何故なら、備えが可能だ。

>海原は底知れず、果てしない。停泊できる港もなければ、出航地も目的地もない。その企ては、ただ船を水平に保って浮かび続けることである――。

法政理論第45巻第3号(2013年)『保守主義論考』
http://dspace.lib.niigata-u.ac.jp/dspace/bitstream/10191/21786/1/45
によれば、この文の後には、『海は、友であるときもあれば敵であることもある。船乗りの技術は、どんなに敵対的な状況からでも友を作るために、行動の伝統的なやり方のなかにある諸々の手だてを使うことにある』(原文ママ)。
 この部分が都合が悪くてカットしたのだろう。


>今年の世界情勢の寄る辺なさを、予見したかのような言葉として読むこともできるだろう。
 
 似たような不安を煽る話は、毎年のように出る。


>昨今、各国を席巻するポピュリズムは、人々をあおり、社会に分断や亀裂をもたらしている。

 ポピュリズムを主張する者の多くに、ポピュリズムの基準なし。
 自分たちの主張は民意であり、反対意見にはポピュリズムのレッテルを貼り、人々を煽る。
 ご都合により、少数意見を民意だ、耳を傾けよと騒ぎ立て、強引に亀裂、分断を作り上げる。

オークショットのように抑制的で人気取りとは縁遠い政治観は、熱狂や激情に傾きがちな風潮に
対する防波堤の役割を果たす。

 
>オークショットのように抑制的で人気取りとは縁遠い政治観は、熱狂や激情に傾きがちな風潮に対する防波堤の役割を果たす。

 死人に口なし。ご都合解釈で、祭上げ神格化したいのだろう。


>「立憲主義」という言葉の数年来の広がりぶりはめざましい。政治の世界で憲法が論じられる際の最大のキーワードだ。

 ご都合主義者のよく使う言葉。
 

>中学の公民の教科書でも近年、この言葉を取り上げるのが普通のことになった。

 つまり、長年無用な言葉であったとも言える。
 また、人を煙に巻くために多用されている。質問攻めにすれば、10人いれば10通りの説明が聞けるだろう。                   


>例えば、政党機関紙を配った国家公務員が政治的な中立を損なったとして起訴されたが、裁判で無罪になった例がある。判断の背景には、表現の自由を保障した憲法の存在があった。

 有罪の例もある。
 2012/12/8付日本経済新聞 電子版『政党機関紙配布、元社保庁職員の無罪確定へ もう1人は有罪』http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0706N_X01C12A2CR8000/ より。
『休日に共産党機関紙「赤旗」を配ったとして、国家公務員法(政治的行為の制限)違反の罪に問われた元国家公務員の男性2人に対する上告審判決で、最高裁第2小法廷(千葉勝美裁判長)は7日、1人を無罪、1人を有罪としたそれぞれの二審判決を支持し、上告を棄却した。2人の役職の違いなどを理由に異なる結論を妥当とした。』(原文ママ)。
 これは、最高裁判決だ。


>立憲主義は、その疑い深さによって民主主義の暴走への歯止めとなる。

 ならない。
 ワイマール憲法が存在したドイルは、どうなったか?
 歯止めにならなかったと言えよう。
 
 立憲主義があり、民主主義の暴走の歯止めになったとしても、独裁者なら憲法など無視だし、強い支持があれば改正も可能だ。
 更に、クーデターなら新しく憲法を作って、新たな立憲主義が始まる。これは、現在のタイが該当する。


>例えば、人権が永久不可侵であることを宣言し、憲法が最高法規であることの実質的な根拠を示すとされる現行の97条を、草案は丸ごと削った。立憲主義に対する真意を疑われても仕方あるまい。

 あたかも全ての人権が無くなると思わせたいのか?
 疑われるのは朝日新聞。

 先ず、97条とは何か?の記載がない。
『特定の地方自治体の組織、運営若しくは権能について他の地方自治体と異なる定めをし、又は特定の地方自治体の住民にのみ義務を課し、権利を制限する特別法は、法律の定めるところにより、その地方自治体の住民の投票において有効投票の過半数の同意を得なければ、制定することができない。』(原文ママ)。

 現行憲法の前文には、憲法の三大原則のうち「主権在民」と「平和主義」はあるが、「基本的人権の尊重」はない。
 そして、自民案では、前文に『本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。』(原文ママ)になっている。
 自民案11条『国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。』(原文ママ)
 (http://constitution.jimin.jp/draft/ などを参考)

 即ち、一般国民の人権はある。

>同じくフランスの自治体が、イスラム教徒の女性向けの水着「ブルキニ」を禁止したことに対し、行政裁判の最高裁に当たる国務院は「信教と個人の自由を明確に侵害する」という判断を示した。

 2016年9月11日付け朝日新聞社説『・1 1 の教訓 寛容という勇気がいる』では、『15年前の教訓はどこへ行ってしまったのだろうか。米国で、イスラム教徒の入国禁止を唱える人物が共和党の大統領候補になった。フランスなどでは、イスラム教徒の女性用水着を規制する動きが広がる。』(原文ママ)。
 このときは、「ブルキニ」禁止を不安を煽ることに利用していたと感じられた。

 当時、既に、2016/8/29付日本経済新聞 夕刊『イスラム水着の禁止は違憲 仏内相、法制化に反対』の報道もあったが、その件は無視していた。
 

>環境は厳しい。反移民感情や排外主義が各地で吹き荒れ、本音むき出しの言説がまかり通る。建前が冷笑されがちな空気の中で、人権や自由といった普遍的な理念が揺らぐことはないか、懸念が募る。

 本音なし、建前優先だから、 正面からの議論も出来ないし、あるとき爆発する。


>憲法学者の長谷部恭男・早稲田大教授は「立憲主義の社会に生きる経験は、僥倖(ぎょうこう)である」と書いている。であればこそ、立憲主義の理念を、揺らぎのままに沈めてしまうようなことがあってはならない。

 『僥倖』の意味は、偶然に得るしあわせ。
 つまり、成り行き任せ、このまま流されますってこと。
 『立憲主義の理念』を沈めずって、『立憲主義ガー』の泥船にしがみついていろってことか。ご自由に。


>世界という巨大な船が今後も、水平を保って浮かび続けられるように。

 今日の社説に、『保守主義者として知られる20世紀英国の政治哲学者、マイケル・オークショット~』と記載がある。
 保守主義の反対がリベラルとも言われる。
『海原は底知れず、果てしない。停泊できる港もなければ、出航地も目的地もない。その企ては、ただ船を水平に保って浮かび続けることである――。』をリベラル風に書き換えると、『海原の底は分かっているつもり、行先も明確なつもり。その企ては、船の水平に保てないように煽り続けることである』。


●30年以上の慰安婦誤報(捏造)に対する私的制裁
 外部から誤りを指摘されて30年以上放置、自社で誤りを気づいて15年以上放置。誤報と言うより捏造の印象。
 朝日新聞は買わない。協賛、主催のイベントなどはボイコット。かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。朝日新聞問題を風化させてはいけない。

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