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2017年2月11日の2件の投稿

2017年2月11日 (土)

2017年2月11日付け小説朝日新聞社説『復興庁 「御用聞き」から前へ』を読んでの感想

 2017年2月11日付け小説朝日新聞社説『復興庁 「御用聞き」から前へ』を読んでの感想。

以下感想。
>津波被災地では公営住宅や道路といったインフラ整備のゴールが見えつつあるが、コミュニティーや産業の再生は思うように進んでいない。

 人が何処に住むかは自由である。
 避難当時は戻りたい意志があっても5年も過ぎれば、避難先が住めば都になる場合もある。


>これまで復興庁は、被災地に寄り添い、自治体や住民らの声をすくい上げる「御用聞き」の役割を重視してきた。そこから一歩前に出て、現場で課題を掘り起こし、解決につなげられるか。復興の司令塔としての力量が問われる。

 勝手に進めると『民意ガー』の合唱が始まる。
 そして、それを煽る団体とマスコミが存在する。
 『御用聞き』優先にならざるを得ない。


>一方で、被災地の実情を把握し、状況に合わせて政策を見直す力には疑問符がつく。たとえば、住宅地の再建が難航しているのに、そばに巨大な防潮堤ができた例がある。工場や商業施設の再生に補助金を出す制度では、「雇用人数や入居の条件が実情に合わず、使いにくい」といった不満が地元から漏れる。

 防潮堤は、先に作るべきもの。再建中にまた津波が来るかもしれない。
 不満は地元から聞くしかない。
 想像や願望で済む一部の新聞記事とはことなる。


>復興事業の大半は他の省庁が担当している。復興庁はそれを調整する役回りだが、職員の多くは各省庁からの出向者だ。縦割り意識や出身母体への遠慮がないだろうか。政府内で格上の役所と位置づけられ、他省庁への勧告権も持つが、使ったことはない。担当閣僚も毎年のように交代し、存在感がなかなか高まらない。

 現在、回っているものを復興庁主導で流れを破壊し、復興を遅らせたいと思える文面。
 閣僚が直接交渉することは少ないだろう。現場に近い人材が毎年変わるなら問題である。


>NPOや企業といった民間と二人三脚で、「公」の仕事を担う。

 NPO。
 予算より少ない決算であれば余剰金を返還することが求められているが、どうなっているのやら。
 税的優遇がある以上、最低でもネットでの決算開示を必須にして欲しいものだ。 


●30年以上の慰安婦誤報(捏造)に対する私的制裁
 外部から誤りを指摘されて30年以上放置、自社で誤りを気づいて15年以上放置。誤報と言うより捏造の印象。
 朝日新聞は買わない。協賛、主催のイベントなどはボイコット。かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。朝日新聞問題を風化させてはいけない。

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2017年2月11日付け小説朝日新聞社説『明治150年 歴史に向きあう誠実さ』を読んでの感想/人に自虐を押し付け自らは自虐を避ける

 2017年2月11日付け小説朝日新聞社説『明治150年 歴史に向きあう誠実さ』を読んでの感想。

以下感想。
>歴史の光の部分のみ見て、影から目を背けるのはごまかしであり、知的退廃に他ならない。

 テロリストの西郷隆盛、坂本龍馬。
 歴史上の英雄に祭り上げる行為は、知的退廃そのもの。
 先ずは、上野から西郷隆盛の像の撤去からだ。


>「坂の上の雲」を追いかけ、近代化をなしとげた歩みだけが強調されている。

 NHKの来年の大河ドラマは、テロリスト『西郷どん』だ。
 

>そう唱える人たちの集会に出席した稲田防衛相は、「神武天皇の偉業に立ち戻り、伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神。

 多様な考え方の一つ。
 神武天皇は、初代天皇とされる。
 神武天皇から数える皇紀も明治5年の制定。


>文化の日は、憲法公布の日を記念し「自由と平和を愛し、文化をすすめる」として定められた。当時の国会の委員会会議録には、「戦争放棄を宣言した重大な日」と位置づけ、この日を文化の日とする意義を説く委員長の言葉が残されている。

 後付け解釈でもある。
 憲法は1946年に公布。
 文化の日は、1948年の祝日法で定められた。
 
 朝日新聞は、文化の日を『自由と平和を愛し、文化をすすめる』を尊重するなら、建国記念の日を『建国をしのび、国を愛する心を養う。』を尊重するべきであろう。共に祝日法で定められたものだ。そして、当時の反対派であった社会党も「建国記念日」を『建国記念の日』とすることで反対はしなかったとされる。
 「の」の件は、
http://melma.com/backnumber_108241_5758806/
の『「の」に賭けた初入閣』を参考にした。
 この『「の」に賭けた初入閣』の筆者は、
2014.8.31付けzakzak『【朝日の大罪】朝日社長の謝罪なしは理解不能…日教組教育が生んだ悲劇か』 http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/print/20140831/dms1408310830004-c.htm
の記事を書いている。

>こうした経緯を踏まえず、神話の中の天皇を持ち出して「明治の栄光」を訴えるふるまいには、時代錯誤の一言で片づけられない危うさを感じる。

 何年前から時代錯誤扱いなのだ?また、朝日新聞のご都合で決まるのか?
 文化の日が定められた理由を持ち出し否定しているのだから、制定の1948年以前の事柄を持ち出すことは時代錯誤にも取れる。


>昨年亡くなった三笠宮崇仁(たかひと)さまは、神武天皇即位の日とされた戦前の紀元節を復活させる動きを、学問的根拠がないと厳しく批判したことで知られる。

 紀元節の日付は、『日本書紀』にある神武天皇が即位したとされる日、紀元前660年、即ち建国記念の日の2月11日。
 そこに学問的根拠が仮にないとしても日本の紀元は1年365日の中の何れか1つである。
 文字のない時代である。学問的根拠で、どうやって紀元の1日を特定するのか?不可能に近いものを求めているとも言える。
 日本書紀を神話としてその価値を認めて、グレゴリオ歴に換算して決めるのも、それは一つの考え方で認められてもよいだろう。 

 ところで、『建国記念日』が何時ならよいのだろうか?
 独立記念日を『建国記念日』としている国も多い。
 朝日新聞の大好きな韓国は、10月3日開天節が一つだ。いわれは紀元前2333年に遡る。これは文字のない時代だ(日帝に廃棄されたと言うだろうが)。10月3日の学問的根拠は??


>曲折の末、旧紀元節の日に制定された51回目の建国記念の日を機に、歴史に誠実に向きあう大切さを改めて確認したい。

 上記2014.8.31付けzakzak『【朝日の大罪】朝日社長の謝罪なしは理解不能…日教組教育が生んだ悲劇か』 http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/print/20140831/dms1408310830004-c.htm より。
『なかったものを、あったと報ずるのは誤報ではなく虚報だろう。朝日新聞は虚報で世界を欺き、日本と日本人を不名誉な立場に陥れた。それなのに、32年間も訂正せずにきたこと自体、驚くべき「厚顔無恥」であり、「幼稚」さである。』、『報道は人間が行うものである以上、間違いは避けようがない。だからこそ、事実と違う報道をすれば、すぐ取り消すのは当然だし、謝罪するのも当たり前だ。今回の朝日の対応を見る限り、ジャーナリスト以前、人間として大問題である。』(原文ママ)。
 
 初めと終わりの文を引用した。
 慰安婦問題では、歴史を歪めて楽しんだ朝日新聞。
 『歴史に誠実に向きあう大切さ』を改めて確認するべきは、朝日新聞自身。
 人に自虐を押し付けて、自らは自虐を避ける。
 『歴史に向きあう誠実さ』、笑いを取りたいのか??


●30年以上の慰安婦誤報(捏造)に対する私的制裁
 外部から誤りを指摘されて30年以上放置、自社で誤りを気づいて15年以上放置。誤報と言うより捏造の印象。
 朝日新聞は買わない。協賛、主催のイベントなどはボイコット。かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。朝日新聞問題を風化させてはいけない。

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