« 2017年6月15日付け小説朝日新聞社説『国会最終盤 極まる政権の強権姿勢』を読んでの感想 | トップページ | 2017年6月16日付け小説朝日新聞社説『権力の病弊 「加計」解明これからだ』を読んでの感想 »

2017年6月15日 (木)

2017年6月15日付け小説朝日新聞社説『脱線事故無罪 この教訓を安全向上に』を読んでの感想

 2017年6月15日付け小説朝日新聞社説『脱線事故無罪 この教訓を安全向上に』を読んでの感想。

以下感想
>乗客106人と運転士が死亡した05年のJR宝塚線脱線事故をめぐり、業務上過失致死傷罪で強制起訴されたJR西日本の歴代3社長の無罪が確定する。 

 2005年4月に兵庫県尼崎市で起きたJR福知山線脱線事故。
 社説の『宝塚線』の表現は、少数派。

 一審、二審は無罪。


>だが、JR発足後の30年間で最悪の犠牲者を出した事故は結局、刑事責任を誰一人負わないことになる。遺族らが割り切れない思いを抱くのも当然だ。企業活動による事故は後を絶たない。だが、組織が大きいほど個人の役割は細分化され、捜査や原因調査でも、事故が起きた要因や責任の所在がはっきりしないまま終わるという事態が繰り返されてきた。

 2013/9/28付 日本経済新聞 社説『強制起訴は見直しが必要だ』より。
『裁判長は「誰ひとり刑事責任を負わないのはおかしいとの考えがあるかもしれないが、個人の責任は厳格に考えなければいけない」と遺族に言い添えた。この言葉に制度の問題が凝縮されている。刑法は個人の刑事責任しか問えない。だが多くの部署、社員、システムがからんで起きる事故で、個々人の過失や責任の範囲を立証するのは難しい。』(原文ママ)。

 表現は異なる。

>もっとも、遺族らの処罰感情が強いとされる日本で、こうしたやり方が受け入れられるかは未知数だ。

 感情優先ではよくない。
 朝日社説記載の米国の調査機関による原因調査を優先する制度もいいだろう。

 
>一方で、この春から関西財界の要職に復帰した。事故前に戻るかのような動きに、遺族らの視線は厳しい。

 これは、関西経済連合会の副会長にJR西日本の会長の登用の話であろう。
 2017年3月17日付け毎日『次期副会長、JR西会長とクボタ社長で最終調整』https://mainichi.jp/articles/20170318/k00/00m/020/101000c によれば、要職への復帰を求めたのは関西経済連合会側、北陸新幹線の延伸の関連。

 遺族は、やむを得ない思いであろう。
 しかし、その主張に賛同するように受け取れる表現には疑問だ。永久に罪人、あるいは永久に罪企業を求めるような主張には賛同するべきではないだろう。 
 
 しかし、後始末が不十分な企業には、厳しい目が必要だ。
 度々、指摘を受けても放置するような企業だ。


●30年以上の慰安婦誤報(捏造)に対する私的制裁
 外部から誤りを指摘されて30年以上放置、自社で誤りを気づいて15年以上放置。誤報と言うより捏造の印象。
 朝日新聞は買わない。協賛、主催のイベントなどはボイコット。かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。朝日新聞問題を風化させてはいけない。

|

« 2017年6月15日付け小説朝日新聞社説『国会最終盤 極まる政権の強権姿勢』を読んでの感想 | トップページ | 2017年6月16日付け小説朝日新聞社説『権力の病弊 「加計」解明これからだ』を読んでの感想 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/502305/65413845

この記事へのトラックバック一覧です: 2017年6月15日付け小説朝日新聞社説『脱線事故無罪 この教訓を安全向上に』を読んでの感想:

« 2017年6月15日付け小説朝日新聞社説『国会最終盤 極まる政権の強権姿勢』を読んでの感想 | トップページ | 2017年6月16日付け小説朝日新聞社説『権力の病弊 「加計」解明これからだ』を読んでの感想 »