« 2019年4月13日 (土) | トップページ | 2019年4月16日 (火) »

2019年4月14日 (日)の1件の投稿

2019年4月14日 (日)

2019年4月14日(日)付け小説朝日新聞社説『批評の再生 時代を見晴らす視座に』を読んでの感想

 2019年4月14日(日)付け小説朝日新聞社説『批評の再生 時代を見晴らす視座に』を読んでの感想。

以下感想。
 今日の朝日社説は1本。
 通常、1本なら約2倍の文字数を割り当てる朝日だが、先週の日曜日に続き今日もそうなっていない。
 社内でも悪評の社説だからか?働き方改革なのか?

 働社会学者、働き方評論家の方の社説の批評。
 blogos『全国紙社説、夢の共演!桜田義孝をフルボッコ』https://blogos.com/article/370643/ より、『ただ、朝日新聞を幼少期から心から愛し、苦言を呈さなければならない。パンチも毒も足りない。優等生っぽいのは朝日らしさとも言えるが。娘には朝日・岩波英才教育をしているが、今日の社説は読み聞かせるのには値しないものだった。』
 読売、毎日、産経、日経は文字数を割いた丁寧な批評をしているが、 朝日に対してかなり文字数が少ない。朝日応援団?でも残念社説だったようだ。
 差し詰め、今日の社説は『読み聞かせるのには値しないものだった。』と同氏からの声が聞こえそうだ。
 

>音楽を聴く。さりげない転調の一節に心動かされ、余韻が続いた、としよう。立ち止まる。何だろうと考えてみる。言葉を尽くし、誰かに伝えたくなる。

 冒頭は詩人気取りか?


>さらにいえば、作品に横たわる、無意識まで探り当てることではないか、と。

 更に言えば、浅漬け的知識や誤読を含め自由だ。


>もっとも、いま文芸・思想・演劇・映画・音楽といった文化の各分野で、プロの手になる批評作品への関心は下火になるばかりだ。

 何故か、新聞記事、社説を抜いている朝日新聞傀儡一味。都合が悪いのか?


>だが急速に複雑さを増す時代と正面から向き合い、見取り図を示し、一方では普通に暮らす人々の生活実感から離れない、などの工夫が、やや欠けていた面も否めないのではないだろうか。

 ならば、朝日新聞グループでお手本を示せばよいだけ。
 何故、実行しないのか?
 それは、現実解ではないと朝日新聞グループとして認識しているからであろう。


>その上で、手っ取り早い回答を求めがちな時代にあらがう気概を、もっと伝えてほしい。

 これは、ジョークであろう。
 一夜漬け社説の評判もある朝日がこれを主張するのだから。


>そうした挑戦はまた、様々な危機に直面する社会の状況を遠くから見晴らし、深部から思考する一歩になるはずだ。

 主張に沿う方向に寄り添い過ぎて、『遠くから見晴らし』、そんな視点が欠如に思える朝日社説。


●30年以上の慰安婦誤報(捏造)に対する私的制裁
 外部から誤りを指摘されて30年以上放置、自社で誤りを気づいて15年以上放置。誤報と言うより捏造の印象。
 15年以上放置の根拠記事は、2014年8月28日付け朝日新聞『慰安婦問題 核心は変わらず』である。引用『朝日新聞は1982年以降、吉田氏の証言を記事やコラムで取り上げた。証言内容を疑う指摘が92年にあり、朝日新聞は97年に「真偽は確認できない」との記事を掲載し、以降は吉田氏の証言を取り上げていない。今年、改めて済州島などで裏付け取材をし、5日の特集「慰安婦問題を考える」で、「証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します」とする記事を掲載した。』。
 少なくとも1997年に「疑問」と認識。2014年に誤報を認めた。

 その上、誤報に伴う誤解を最後の1人まで解こう。そんな意識にも乏しい(継続した誰もが気づくような広報活動がない、メタタグ問題など)。
 朝日新聞は買わない。協賛、主催のイベントなどはボイコット。かたりつごう朝日新聞問題。語りが騙りにならないように。朝日新聞問題を風化させてはいけない。

●注
 妄想癖のある個人の感想であり、断定的に取れる表現含め、誤読、誤解、誤認、その他も含まれる可能性もある上での感想。

| | コメント (0)

« 2019年4月13日 (土) | トップページ | 2019年4月16日 (火) »